函館日記

函館暮らしの日記

【函館マラソン】都市型マラソンの意義が解っていない人々

今年の函館マラソンは、定員を満たして応募を締め切るまでに、随分と期間がかかりました。

応募が進まない原因として主催者は、今年は応募受付開始を早めたのに対して、宿泊施設が不足していた(一般の宿泊予約受付開始日が来ていなかった)からだ、と言っています。
かりにそうだとしても、容易に予測可能なことをなぜ判らなかったのか、という疑問をもつはずです。
実際には、判っていてやったのでしょう。宿泊斡旋を取りまとめるJTBの売上に繋がるからです。そして、用意していた客室が足りなかったということはもちろんですが、宿泊を斡旋してもらうつもりがない応募層がそれなりにあるということがあるからでしょう。
強引な営業手法です。

マラソン大会を開催しても大概は赤字ですので、スポンサーが稼げるようにあの手この手を尽くすのでしょう。
それは函館に限ったことではありません。
だから、スポンサー優遇を必要悪だと思う人も多いでしょう。

しかし、問題の本質はそこではなくて、大会が、参加者本位になっていないというところにあります。

例えば、今年も、おそらく強風を受けるであろうコースのままです。ともえ大橋と中央埠頭跨線橋を往復しますし、市道高松新湊線(戸井線(鉄道未成線)路盤跡の転用道路)はおそらく向かい風を受けることになるでしょう。
函館は海上都市です。そして、かなりの確率で西風、たまに東風。ともえ大橋は横風で、戸井線は往復の一方が向かい風です。
それでは、記録を狙えません。とりわけ、ともえ大橋と中央埠頭跨線橋の往復が苛酷です。

さらにいえば、七財橋付近の石畳が走るのに向いていません。
これは、金森赤レンガ倉庫群の前をはじめ、東浜桟橋、つまり旧桟橋付近をコースに入れるためだろうと思われます。そして、金森赤レンガ倉庫群前が石畳なのです。

記録は狙えず、さらに、天気によっては修験道の域に達するような苛酷なコースなので、相応のマゾヒストや修験者くらいでないと走りたがらないでしょう。
本来のフルマラソンは練習すれば多くの人が完走自体は可能なスポーツなのに、主催者や道南陸協はマラソンに偏見でもあるのでしょうか*1

観光目当てとしては、旧桟橋付近くらいしか名所がないコースです。
五稜郭公園をかすりもしませんし、元町も十字街も通りません。
見どころは景色くらいかもしれません。

記録を狙えないし、観光にもならないとなると、参加者の目当ては何になるのでしょうか。
それは、食べ物目当てです。
だから、参加者の主催者に対する反応・要望の多くが、エイドで出る食べ物です。
それで、昨年は食べ物の多くが終盤の「緑の島」に集中していたため、遅い参加者は目当ての食べ物にありつけなかったので苦情が出ました

しかも嘆かわしいことに、支給される食べ物の目玉が、函館や道南にかすりもしない夕張メロンです。
スポンサーに果物屋があるのはいいとして、ウリが、七飯町のりんごとかでなく、夕張メロンというのは、的外れもいいところです。
正直に言って函館と関係無い夕張が出てくるのは、世間が十把一絡げに北海道を都府県並みに思っていることに合わせた自虐ネタなのでしょうか?


何故悪いコースのままなのか、原因を思うに、交通規制を可能なかぎり少なくしたいからでしょう。

では、何故、交通規制を少なくせねばならないのでしょうか。
それは、マラソン大会開催についての地元コンセンサスが足りないからです。
観光産業でさえも、交通規制をかけられて迷惑だと思っている業者があるくらいでしょう。

何故コンセンサスが得られないかというとそれは、参加層が狭いからです。

例えば、五稜郭祭や港まつりなどでは毎年交通規制をかけていて、港まつりの交通規制に至ってはきわめて大規模です。しかし、実際に行われているのです。
何故行えるのか、ひとことで言えば、「誰にも関係がある」と思われているからです。

他方の函館マラソンは、参加層が狭く、一部のランナー(それとマゾヒスト?)くらいにしか関係が無いと思われているわけです。
だから当然に「マラソン大会なんかで交通規制をかけられて迷惑」という苦情が出ます

だから例えば、10kmの部やファンランの部を設けるなどして参加者の裾野を広げれば、交通規制をかける理由になるのですよ。
それは、港まつりが、誰でもパレードに出られるから交通規制をかけてかまわない、というのと同じ論理です。

そして実際に、参加者層が厚ければ、地元住人の福利厚生につながります。例えばファンランの部があれば、歩いて完走も可能です。反対に、現状のように、従来のハーフマラソンと、それを拡張した「なんちゃって」(エセ)都市型フルマラソンでは、参加可能な人がとても限られます。
地元住人の多くの福利厚生になれば、少々赤字でも構わないという理由になりますし、市が実質的な主催者になってよい理由になるのです。
港まつりであんなにいか踊りやっている人々だから、ファンランやれば根付くと思うのですよ。それに、ファンランがあれば観光客がついでに参加もしますよね。

端的に言いましょう。
「都市型マラソン」とは、デモクラシーです。デモクラシーとは、利害関係者の誰もが参加する(参加しうる)ということです。他方の日本社会というのは、一部の人間だけでものごとが決められ、社会が回されています。
つまり、特別な人(トップアスリート)だけが参加可能だったマラソン大会と異なり、ほぼ誰でも参加可能なマラソン大会です。だから、仮装などしておまつり騒ぎをする大会もあるように、マラソン大会が住人のいわば誇りになっていて、祝福されるべきものであるわけですよ。

他方の函館には真のデモクラシーが無いから、都市型マラソンの意義だって解らないわけですよ。
函館の「民主主義」というのは要は、近世・近代日本型の資本主義、社会経済本位の思想です。だから当然に、地元資本が優越し、カネの論理でものごとが動かされます
そして、封建的、儒教的、権威主義的で、港まつりや五稜郭祭のように権威が音頭を取って始めたものは尊重されます*2。他方で、社会の既成構造に悪影響の出ることは疎まれ嫌われます。

そして、「函館とはこういうところだ」とか「日本人とはこういう連中だ」とか、よそからは思われていますよ。
その恥を知らないといけないと思います。

*1:フルマラソンをまともに走ったことのない人(駅伝とか走っている人)が運営しているからなのでしょうし、まともに走ってきた人の意見を封殺しているからでしょう。大会運営に協力しているよその企業なども口出しが困難だし、また、よその人は地元の天候風土には疎いのでコースがどうなるかを熟知していないのでしょう。だから昨年は、強風を想定したコース設定や運営準備だってしなかったわけですよ。

*2:ためしに道南陸協のウェブサイトでも見てくださいよ。北海道陸協や札幌陸協と見比べてください。酷いですよ。ウェブサイトくらいつくれる人は沢山いるはずなのに未だに酷いのは、つくれる人を参加させないで、狭い身内で回しているから。函館高専の学生とかにでも頭下げてやってもらえればいいのにねえ。そして、地元議員の名をでかでかと連ねているように、権威主義。そのレベルの人しか陸協の中に居ないってこと。これはどっかの村でしょうか。