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函館日記

函館暮らしの日記

昨日の第1回函館マラソンのこと

昨日の函館マラソンに参加した方は災難でしたね。 小雨と強風の中を、ハーフマラソンならばまだしもフルマラソンでは、寒くて倒れてもおかしくありません。

参考: runnet.jp

smart.jognote.com


沿道で見ていましたが、ハーフマラソンの方は、実業団や川内優輝氏などのエリートランナーが激走していて、多少の風雨とはいえ勢いはありました。 しかしフルマラソンの方は、ともえ大橋や漁火通で生気を抜かれてしまったのか、元気がない人が多く、フラフラで倒れそうな人もいました。

原因は単純なことで、コース選択が不適切だったからです。

大会は日時が決まっていますから、天気は選べません。 だから、多少の悪天候でもどうにかなるコースを選ばねばなりません。

ともえ大橋や漁火通は地元ランナーにとって定番のコースですが、ほとんどの日は風が吹いています。 ともえ大橋なんて、吹きさらしといってよいでしょう。 地元ランナーでも、天気によって走るかどうかの判断を迫られる場所です。

ともえ大橋や漁火通はいつも風が強いといえますが、地元でないアウェイの参加者からすると驚くのは当然でしょう。

昨日の天気は通年でいうと当地ではよくあるレベルなのですが、今年はラニーニャ現象との関連か、最近の天気は芳しくなく、降雨が多くなっています。 その点では、今年はアンラッキーではありました。

陸連公認コースにするためには一定範囲の高低差が必要ですが、ともえ大橋にする必然性はありません。 また、運に賭けて漁火通にしたことにはもともとリスクが高かったといえます。

定番のコースや観光地を大会コースそのものに意地でもねじ込む必要は、ないはずです。 その点では、いわゆる「ベイエリア」の七財橋辺りの石畳も、ランニングには全く向いていません。 主催者側が参加者に走らせたいコースを選んだのであって、参加者自身が快適にフルマラソンを走れるコースにはなっていません

観光地をコースに組み入れるのならばむしろ、距離の短いハーフマラソンの方が適しています。 あるいは、10kmの部とかファンランの部とかを設ければ良かったのです。

ちなみにもともと不幸なことなのですが、函館はマラソン大会がやりにくいと思います。 海の中にあるようなものなので風の吹いている日が多いです。 そしてまた、大会のスタートやフィニッシュ地点にしやすい会場となるとどうしても、千代台公園陸上競技場くらいしかありません。つまり、千代台発着でコースを組むことを強いられます。 それでも強いて言えば、(東京や神戸などのように)スタート地点を広い道路のど真ん中にするようなことをすればコース設定がやりやすいだろうのにと思っています。

そんなはずはないのですがそれでも、大会運営をした道南陸協の人々は、他の大都市フルマラソンに参加したことがないのか、そもそもフルマラソンを走る立場がわかっていないのか、疑問に思えてもくるくらいです。

観光地や定番コースに固執するのでなければ、函館は広い道路が多い(豪雪地帯なのと、昔は大火災があったから)ので、思い切った交通規制をかければ、走りやすい車道はたくさんあります。

また、他の大都市大会のようにあえて前日までに参加受付といった手法をとれば、レースと観光とを割り切って分けられるはずです。 コースに走りにくい観光スポットを入れる必要はないのです。

他の各地の大会を走ったことがあり、また地元で日常的に走っている私からすると、今回の函館マラソンは不可解ですし無謀だったと思います。

函館の観光産業や政策はどうにも、地元の自分の感覚に閉じこもっていて客観性がないからダメなんだと、私は思っています。

函館は見どころが多く、走っているだけでは観光は終わりません(観光地を周れたと勘違いされたら負けでしょう)。 観光とレースは別々にしたほうが合理的です。 しかし例えば、フルマラソンに出た日の夜に函館山に登るというのも不可能な人が多いでしょう。 当日に元町や五稜郭を回れるとも思えません。 天気が許せば函館山は前日でしょうし、フルマラソンのための体力温存を考えれば他は後日でしょう。 また、前夜に魚介類を食べてレースで壊してもいけません(しかもレース直後でも生ものを消化可能なのか疑わしい)。 大会を主催する側にそうした想像力が充分にないといけません。

余談。私は、沿道から傘もささずに応援していました。フルマラソンを走る側の立場はわかりますので、今回の天気がいかに苛酷かはよくわかります。私は函館出身ではないので、当地の風の強さは一般的ではないこともわかっています。物凄く苛酷なレースだったので、参加者に「頑張れ」とは到底言えません。むしろ、無理を感じたらリタイヤしてほしい、函館をトラウマにして帰らないでほしいと思っていました。