函館日記

函館暮らしの日記

二十間坂の自由の女神像

函館山の麓の二十間坂の突き当りの建物の所有者が、いわゆる「自由の女神像」を設置していたのですが、 先日に撤去したそうです。

それを聞いてとても残念な思いがします。

おそらくは、人というのはいつ死んでもおかしくありませんが歳をとるほど何が起こってもおかしくないので、 個人の責任で設置し続けるのには限度があるということだったのでしょう。 「自由の女神像」を誰かに継がせるわけにもいきますまい。

自由の女神像」が設置されてから、景観破壊だということで随分とモメてきたようです。 景観破壊だと主張する方はおそらく、観光産業への影響だとか、(過去の)歴史的景観にそぐわないとか、個人的な美観だとかが理由なのでしょう。

しかしそもそも景観というものは人工的なもので、常に創られ移り変わっていくはずのものです。 昔の建物の近隣に現代建築物が建つのは一般的なことで、それがダメだというのならば東京タワーすら建たなかったでしょう。 五稜郭タワーだって、五稜郭の景観を破壊しています。そもそも城郭に高い木が立つことも異常なのに、五稜郭公園では幕末からの松を伸ばしっぱなしにしていて景観を破壊しています。

過去の景観が破壊されるのがイヤだ、「歴史的建造物が大事だ」という発想は、過去の遺産にしがみついて、時代を創り出すことをせずに逃げていることの表れなのではないでしょうか。そして、過去の遺産にしがみつく目的はおそらく、経済的な稼ぎなのでしょう。

二十間坂の下は、函館港です。 今はヨットやらプレジャーボートやらが停泊していて「ベイエリア」と呼ばれていますが、 昔は中心的な桟橋で、だから近隣が発展し、「元町」という異邦人街や、「十字街」という繁華街が形成されたわけです。 当時は、時代を創り出す最先端だったわけです。そして、国外へ行く船舶がありました。 フランスあるいはアメリカの、リバティーの象徴である「自由の女神」が、国際港湾にそぐわないというのでしょうか?

むしろ、アグレッシブに変えていく、将来へ突き進んでいく態度を示すべきなのではないでしょうか。 過去にしがみついて、遺産暮らしに甘えているから、状況が良くならないのではないでしょうか。

当の「歴史」だとか「文化」だとか拘る人々は、「二十間坂」を「にじゅっけんざか」と読んでいて標識にもアルファベットでそう書かれてあるんです。

「二十間」は「ニジッケン」と読むのです。