函館日記

函館暮らしの日記

函館の歌について

地元では常識なのに観光客の多くが知らずに帰ってしまうであろうものに、「はこだて賛歌」があります。 ごみ収集車のBGMや、市電の電車接近アナウンスや車内アナウンスに採用されていますので、観光客でも聞いている可能性は高いのですが、特別なメロディーであることを知らないままなのだろうと思います。 函館出身のGLAYは歌うことがあるらしいので、GLAYファンならば知っているかもしれません。

函館育ちの人の多くは歌えるでしょう。 函館出身でなくとも函館在住であれば、メロディーだけではなく歌を聞く機会がどこかであるはずです。 いわば「市歌」同然の扱いです。しかし、多くの市町村歌が地元の人にしか知られない(さらには地元の人も知らない)のと同じようなもので、「はこだて賛歌」も函館の人以外にはそれほど知られていません。

函館には歌が多いです。

しかし函館以外の人は函館といわれると、函館の地元の歌よりも、函館をモチーフにした歌の方が先に出てきてしまいます。典型的には「函館の女」で、歌っている北島三郎*1はたしかに高校は函館でしたが、結局は商業的な流行歌でしょう。もっとも、そうした流行歌の多くですらも、かなりのファンでないともう知らないのでしょうけれども。

地元では定番であるにもかかわらず観光旅行では機会がないかぎり知らずに帰ってしまうであろう歌には、「はこだて賛歌」のほかに、「函館港おどり」「いいんでないかい」「函館いか踊りの3つがあります。この3つは、年に一度開催される函館港まつり*2のパレードで用いられますので*3、繰り返し聞くことになります。つまり、函館港まつりを狙って観光旅行に来た*4人には記憶に残っている歌でしょう。 「函館港おどり」「いいんでないかい」の2曲はパレードの第1部「函館港おどりの部」で、「函館いか踊り」は第2部のうち「子供いか踊り」と第3部「函館いか踊り」で用います。 とりわけ「函館いか踊り」は昭和後期の比較的新しい時代に創られたもので、極めて異色です。

さて、「函館の女」の2番には松風町(大門)が出てきますが、その大門にしてもかつて「大門音頭」という宣伝目的と思われる*5歌を創ったそうで、若かりし頃の加藤登紀子が歌っていたようです。 こうしたかたちで特定の地域でも歌が創られていることもあるはずですが、おそらくその多くは忘れ去られてしまったと思われます。「大門音頭」ですらも、ながきにわたって忘れられていて、近年再発掘されたそうです。

かつて、函館は札幌よりも大きかったわけですし、植民地「北海道」のいわば玄関口でした*6。 また、北洋漁業で荒稼ぎをしていた時代もありました。 今ではみるかげもありませんが、かつては全国屈指の勢いある街だったからこそ沢山の歌が創られたのでしょう。

残念ながら、こうした歌の数々は観光資源としてすら見いだされていないのだろうと思います。

*1:全国的には「函館の女」が有名でも、地元では「函館音頭」の方が人気があるかもしれません。

*2:開港記念という名目で毎年開催され、パレードは2日間あります。青森ねぶたとおおよそ同じ時期です。

*3:以前はほかの歌も用いられていたらしいですが

*4:交通規制があったり人が多かったりして観光名所巡りには困るかもしれませんが、珍しいものが見られますので面白いと思います。

*5:なにせ電通が制作したらしいのです。その電通は今でも「ご当地キャラ」とか「ご当地アニメ」とかであっちこっちでかんでいるみたいですが、昔からやっているんですねこういうの。

*6:例えば函館朝市も、交通の結節点だったからこそ、函館駅前に形成された市場です。津軽海峡を渡ってきた物や、函館本線で運んできた物が売られていた市場です。

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旅行はいいが住みたくない街、函館

函館は、観光ブランド全国一の都市ですが、住みたい街としては人気があまりありません。

しかも、全国42都市(調査当時)の中核市のうち、幸福度が最下位だったということです。つまり、実際に住んでいる人も幸福ではないという実態があります。 www.ehako.com

そもそも函館は寒冷・豪雪地帯で住みづらい街ですが、旭川市青森市盛岡市秋田市富山市金沢市長野市よりも幸福度が下ということがわかります。 函館は路面電車がある点で交通が少しは便利なのですが、路面電車が廃止されている旭川の方がおそらく人口増や景気が良いからか幸福度が上になっています。

函館は、札幌に比べると雇用が少ないですし、所得も少ないです。 しかし、同じく貧困の激しい秋田市那覇よりも幸福度が上になっています。

路上喫煙が多い

さて、実際に引っ越してきてみて特に感じたのが、路上喫煙の多さです。観光都市であるにもかかわらず路上喫煙が容認されているというのは恥ずかしいことだと思います。 観光名所でも路上喫煙によく出くわします。

そもそも、喫煙所を見かけることがほとんどありません。 豪雪地帯だからとか、景気が物凄く悪いので企業が喫煙所をつくれないからだとか、喫煙率が高いからだとかいう理由があると思います。日本全般に言えることですが、喫煙所が店の出入口であったり、店頭に灰皿を置いていたりすることがあります。これはかえって受動喫煙をわざわざ増やしているということは明らかです。 喫煙率が高いのは「北海道」全般にもいえ、寒いからだとか雪道が大変だからだとかいう原因があるのだろうと思います。 しかしそれよりも、隣の青森県が実は、たばこ県です。そして、青森市は函館以上に路上喫煙が多く、青森ねぶたを見に行ったときは死ぬかと思いました。それでも、幸福度は青森市よりも函館の方が下のようですね。

賭博が多い

函館は、賭博が多いです。これが、貧困と悪循環になっていると思います。 公営ギャンブルをやっています。函館競輪は市主催です。JRAですが、函館競馬場があります。 さらに、パチンコパチスロ屋がいくつもあります。豪雪地帯だから冬はやることがなくなるだとか、高齢者が暇と孤独を紛らわせているからだとか、原因はあると思います。

また、全国的にも飲酒は増えていると思いますが、所得はあるが労働によるストレスで飲酒するという東京のような状況と異なり、貧困でかつアルコール依存というコースの割合の方が相対的に高いと思います。 つまり、飲酒、貧困、不健康の悪循環です。 この点では那覇も似ていると思うのですが、那覇は温暖なのと、親戚関係(門中)があるから、まだ幸福度が函館よりも上なのかもしれません。他方の函館は、人口の急増は近現代のことで、血縁・地縁が誰にでもあるというわけではありません

運動不足の人が多い

寒冷・豪雪地帯というのは、肥満が多くなりがちです。 札幌をはじめ「北海道」一般にも、東北地方にも、いえると思います。(ただ、札幌の肥満は特に酷いと思います。)

雪道なので自家用車で外出という人が多いです。 寒いから(基礎代謝が増えるはず)食べる量が増える、けれど暖房が利いているし外出は自動車なので冷える時間が限られます。

運動不足は健康を害します。ヒトは運動するようにできているからです。

景気の悪化&高齢化

函館は昔から、個人事業主や中小企業、非正規雇用が比較的多いのだと思います。

例えば、かつて北洋漁業が獲り放題だった頃は、うなるほど景気が良かったようです。北洋漁業というのは、いか釣りや昆布採りに比べて遥かに、大規模かつ遠出をします。だから、漁業関係者には終身雇用は少なかっただろうと思います。 昔は港湾労働者ももっと多かっただろうと思います。

景気が良かった頃は、街には商店が沢山あったようです。その多くは中小企業や個人事業主でしょう。 こうした商店は高齢でも営業していることは多いですが、景気が悪ければ赤字になります。 食っていけないので継ぐ人がおらず閉業する店は全国的にも一般的です。閉めるタイミングを見計らっている店が多いです。 全国的にも普通になっている事態ですが、潰れている店が多いなあ、空きテナントだらけだなあという印象を受けます。

終身雇用&年功序列の給与所得者であれば高額の厚生年金保険に加入していて、それでバブル期までは給与が高く保険料も払えていけたので、高齢者になっても貧困には比較的にはなりにくいといえます。 景気の致命的な悪化により、終身雇用&年功序列の給与所得者が比較的少ない都市では、高齢化に伴い貧困がより深刻になっているわけです。

貧困&老化は、健康状態を悪化させますし、医療を万全に受けられないので不幸なのはもっともなことです。

函館市国民健康保険料は高いです。 貧困で、保険料の減額を受けている人も多いでしょうし、滞納も多いでしょう。払えないのだから当然です。 そして、高齢化により医療費が増えます。 しかし、景気が物凄く悪いのでほかに賄う手段もなく、健康保険料を上げないと成り立たないという事態になってしまいます。

国政への諦め

幸福度調査には国政選挙投票率も要素に入っているようですね。

景気悪化するばかりで良くはなっていません。 国政や道政がもってくるもので利益が出ているのは一部の企業や人だけで、そうした企業達が自民党を支持したり新幹線だと騒いでいるのです。

貧困や高齢の人の多くは、しらけています。 しかも、抑鬱な人や健康状態の悪い人は、投票にはなかなか行けません。

観光産業の魅力であって、まちには魅力無い

結論ですが、住みたくない街、不幸な街には、魅力がありませんよね。

少なからぬ観光客は、保存されている過去の遺産や、粉飾されたところを見て、喜んでいます。

しかし街のほかの部分では例えば、貧困で家屋が古いまま建ち並んでいたり、なかには倒壊しそうな家屋もあります。 そうした町域に行かなければ気づかないで愉快なままでいられるというだけのことですよね。

観光産業の従業員は、収入もあるでしょうし、活気を演出しますよね。 けれども、市民一般をみれば元気はないですから、つまり活気はないんですよね。

政治や日本社会のありかたが悪いのだと思いますが、その悪を革められないまま受動的な立場におかれて取り残されているというのが、地方自治が実質的に奪われている日本の地方都市の実情です。函館はその一例なのだろうと思います。

ロープウェイ再開と、冬の観光資源

事故以来運休していた函館山ロープウェイが、運行再開しました。

私としては存外に早いと思いましたが、 一般的な交通機関であれば可及的速やかに再開するものでしょうし、 それよりもおそらくは、観光産業への影響が多大で、地元政財界の意向やあるいは東京や札幌などからの意向でさえも、大きくあったのかもしれません。

天気のせいで景色が観えないとか登れないとかであればまだしも、そもそも「絶対に登れない」ということになると、「冬に函館に行くのはやめておこう」ということになる可能性が高いでしょう。 つまり、ロープウェイの運休が長引くと、観光旅行の候補から外されてしまうわけです。国外から日本へ来る観光客が減るということにすらなりえます。 良くも悪くも函館は観光ブランド力が日本一ですから、ロープウェイの動向次第で首位陥落もありえますから地元は必死ですし、日本の観光産業への影響も大きいのです。

企業としては、人件費や賃料のような固定費は原則として恒常的にかかります。 人は冬でも暮らしていますから、冬でも定収があった方がよいわけで、いわゆる正社員雇用ならば特に「冬は休業」というわけにはいきません。 例えばホテルだと、宿泊客が減り空室率が急増したとなれば、給与が払いきれず倒産しかねません。

もちろん、函館山ロープウェイも従業員を雇っています。 仲間が死んだということで、動揺もしているでしょうし、心情としても何事もなかったかのようにしれっと再開したくはないという感覚はあると思います。喪中どころか忌中ですから、来年は年賀という感覚も無いのではないかと思います。 しかし、運休によって売上が無いということは、給与の原資がなくなるということですから、会社も従業員も共倒れになってしまいます。


函館は、観光産業にあまりにも依存していることにリスクがありますが、とりわけ「函館山から見る夜景」に依存し過ぎています。 実際には見るべきものが沢山あるのに、世間的な知名度としても、それを醸成する宣伝としても、「函館山から見る夜景」ばかりです。

実際には、冬季は寒さや雪があるので観光客がどうしても減る*1ためなんとかして底上げしようと観光資源を用意していますので、冬に来ても見どころは多いです。*2

例えば、12月1日からクリスマス当夜(25日)までは「はこだてクリスマスファンタジー」が金森赤レンガ倉庫の辺りで行われています。年が明けて、札幌では雪まつりがある頃なんかは、若松埠頭(摩周丸の近く)では「海上冬花火」が連夜行われます。*3

今は、駅前にしても、開港通から二十間坂にかけても、イルミネーションをわざわざ点けています。五稜郭公園でも例年やっています。

しかしそもそも、雪景色がすでに観光資源です。函館では雪なんか珍しくありませんが、温暖地からすると珍しいわけですから。 温暖地と異なり夏と冬では景色が一変するので、夏と冬の両方来るのがよいわけです。

歩くのが大変なので冬にわざわざ来る人はそれなりの猛者ですが、同時に「通」だとも言えます。何十年間も毎冬来ているなんていう人すらいます。 こうした「リピーター」が居るのも函館の特徴です。

*1:寒いからというだけではありません。積雪や凍結があるので歩くのが大変です。日によって路面の状態が異なりますから、運が悪ければ路面凍結で歩行困難ということがあります。転倒することもあります。だから旅行者が減るのは当然でしょう。

*2:札幌の「さっぽろ雪まつり」などにしても結局はそうです。

*3:函館は打ち上げ花火をやることがやたらと多いです。夏には「函館新聞」も「北海道新聞」も花火大会をやりますし、「湯の川温泉花火大会」もあります。冬は、クリスマスファンタジーでも毎夜やるツリー点灯式の際に打ち上げます。

冬に函館山からの夜景をロープウェイ以外で見に行くのは不可能

先日、函館山ロープウェイで、点検作業中の従業員が重傷を負い、搬送先で死亡するという事故がありました。 機械油の油滴が落ちてきたということで苦情があり、その点検を運行中に行った際の事故でした。

この事故を受けて、運行体制の見直しのため、運休が続いています。 「12月11日の人身事故に伴うロープウェイの運休のお詫び - 函館山ロープウェイ株式会社

冬の函館山は、登山道路を車両通行止にするため(積雪や凍結で登れないから)、交通機関はロープウェイしかありません。夏はタクシーやバスでも登れますが、冬の車両通行止期間中は不可能です。

冬は観光客が少なくなるとはいえ、登下山客をロープウェイだけで担うため、ゴンドラを可能なかぎり止めずに済ませたいという事情があります。利用客を待たせず回転させ続けないと困ります。 そうした事情もあいまって、ゴンドラを止めずに運行しながら点検したのだと思われます。

山頂から景色が見えるかどうかは天気次第で、見える日だけ混雑します。また、金土日は観光客が多く、いわゆる平日には少なくなりがちです*1。 だから、景色が見える&休日という好条件を観光産業は逃したくありません。

函館山から観る夜景」は、函館最大の観光資源として扱われており、ミシュランガイド☆☆☆ということで宣伝もしています。 函館の観光産業を担っている重責が函館山ロープウェイにかかっていて、サービス過剰だというところも否めません。日常生活であれば大したことのないことであっても、観光旅行だ、特別な思い出だ、新婚旅行だなんていうのも特に昔は多かったでしょう。その意識が過剰なくらいあるはずです。 機械油は臭いし落ちにくいでしょうが、安全面の支障ではありません。しかしそれでも、可及的速やかに点検にかかったわけです。

事故時に山頂に取り残された人々は、函館山ロープウェイがタクシーを呼んで、通行許可をとって、全員下ろしたそうです。全員の下山まで数時間かかったようです。

事故に居合わせるとか、山頂に取り残されるとか、利用客には悲惨な思い出になってしまったことでしょう。


さて、ロープウェイが止まった冬の函館山に登る手段は唯一、徒歩です。 しかし、結論を言えば、やめましょう

函館山には、車両用の登山道路と、徒歩用の登山道があります

車両用の方は、作業車両や、山頂に用のある企業*2が通行するため、除雪はされています。しかし、路面凍結はしているでしょうから、装備は必要で、それでも慣れない人には困難でしょう。 降雪時には積雪のおかげで歩きやすくはなりますが、雪道の素人ならばやめた方がよいでしょう。

徒歩用の登山道は、除雪がありません。 積雪や凍結による路面状態の支障だけではなく、積雪により道が判らなくなるという危険もあります。 夏に函館山登山道を繰り返し登り下りしている人ならば、道は想像がつきます。しかし、道を知らない観光客ならば、滑落の危険があります

ましてや、夕方以降の登下山は危険です。夏でも危険なくらいです。麓の近くは明治期以降に植林された杉が乱立しているため、夕方くらいから既に暗くなるからですライトを携帯しても足下が判りにくく、危険です。踏み外して滑落する可能性が高いです。

強いて言えば、夜間は車両用の登山道路を通行することが考えられます。しかし、昼でさえも歩きづらい道を夜に歩くのは極めて困難です。

ちなみに私は以前やったことがありますが、降雪中でしっかり積雪している夜を選び、車両用の登山道路を雪靴で登りました。 そんなことは、装備があって、雪道に慣れていて、道を知っている人でないと、やってはいけません。 また、作業車両等に撥ねられるかもしれないという危険があります。

極寒の山頂に一泊して明るくなってから下りるという選択肢はあるでしょうけれど、それが可能なのはおそらく雪山のプロでしょう。

よって、観光客が夜景を見に冬の函館山を徒歩で登るというのは不可能、という結論になります。

*1:平日は、国外からの観光客や、長期休暇をわざわざとっている人が主です。

*2:具体的には、函館山ロープウェイ関係車両や、(アンテナがあるので)放送局、電力会社など

自動車優先で寂れる街

函館は、市役所を中心にして四方に道路が広がっています。 南は函館山の麓の護国神社へ、西は函館港(青函連絡船=以前の函館駅)、東は津軽海峡ですが、北は地方裁判所まで、「広路」(ひろじ)、つまり広い道路になっています。 「道」ではなく「路」なのはおそらく、足で歩くみち(歩道)だからなのではないでしょうか。

自家用車の時代になってから久しいです。

豪雪地帯の冬ですから歩くのも大変で、運転が困難で危険なのですが、それでも自家用車が増えたというのもあります。

地下鉄は無いし、市電の輸送力と運行範囲は限られています。いまや、JR(国鉄函館本線に乗る地元の人は主に運転免許を持てない人、典型的には学生生徒だというのが、偏見ではなく本当の実情です*1

いわゆるバブル期までは特に労働、いわゆる「仕事」が優先で、休日にまとめ買いする暮らし方が広まったのは函館でも同じでしょう。

自家用車が増え、自家用車を売ることで自動車産業は儲かる、経済成長をする、欧米を上回るということで、そういう国家政策で来たんですよね。 それで函館も、函館都心の人口は増えず高齢化が進み、美原のような旧亀田市の地域や、桔梗から七飯町方面にかけて、人口が異動していきました。

北洋漁業が乱獲から衰退して函館港(都心)の産業が縮小したのも原因でしょう。それは何十年か前の話ですから、そこから内陸寄りに人口異動がずっと続いてきたわけでしょう。

話を戻して。 市役所を中心とした大通りがあるのですが、通行量は少なく閑散としています。 通行量が多くなったのは、自動車の走る道路、市電も走る道路(「電車通り」)の方です。

歩行者向きの大通りは、昔は、商店が立ち並び賑わっていたのでしょう。 それが、自動車優先の政策、自動車中心の社会になって、自動車の走りやすい道路の通行量が増えました。そして、駐車場のない商店には客が入らなくなりました。

典型的には、歓楽街として有名だった「大門」(松風町)がそうです。昔は、今では思いもよらないほどの栄えっぷりだったようで、それは写真や地図などの記録にも見て取れます。飲食店だけではなく、様々な商店が立ち並び景気が良かったし、棒二森屋だとか、今は無くなったWAKOビルだとかも、とても賑わっていたようです。

かつて景気が良かった頃は、市電も都心をループしていました。松風町電停から宝来町電停まで「東雲線」が運行していたからです。その頃の松風町電停はとても活気があったのでしょう、しかし今は見る影もなく、テナントも付かない空きビルがあります。

そして、青函連絡船どころか定期夜行列車すら無くなった函館駅前は、もはや賑わっている飲食店も限られています。 昔は飛び込みで泊まりに来る客を目当てにしていたような宿泊施設もそういう客がいなくなったために、古い宿泊施設は特に寂れていて、どうやって経営が成り立っているのかと思うようなところもあります。一部は、国外から来る、富裕でなかったりケチだったりする観光客目当てに生き残りを図っているくらいです。

自家用車が増えて移動範囲が広がったことで、多くの人は「便利になった」「いい時代になった」と思い込んでいます。

しかし、移動範囲が広まったら、同じ範囲に滞在することが減りました。 また、速く移動可能になったために、急がされる、忙しい、そういう世の中になりました。

往時は、人口密度が高かった函館(旧函館市)は、町域名が多く、狭い地域で共同体があったんだな、と推察されます。簡単に言うと、江戸の、神田〇〇町、日本橋△△町とかと同じです。 それが今はとっくに町域も統廃合されて、数えきれないほどあった町域も、なんとか憶えられるくらいに減ってしまいました*2。 ちなみに、往時の町名を紹介する石碑はところどころに立てられていますので、目ざとい人ならば、意識したらあちこちで見つけられるでしょう。

観光客の多くも短期滞在で、その短い時間で離れた名所を回ろうとします。 昔は異なる地域であった(歩いたらけっこう遠い)、元町、五稜郭、湯の川だとかも、十把一絡げに「函館」で片付けられてしまいます。観光客にとってはいずれも「函館」というイメージで脳内処理されているわけです。

また、大概の観光計画は、地元の生活感からも乖離してしまいがちです。観光客がよい気分になるような、観光客に見せたい観光プランが用意されているわけですし、それはまあ当然なのでしょうけれど。「函館市」といいつつも、美原の方に来る観光客はあまりいないだろうし、五稜郭駅で降りる人も少ないんだろうと思います。

それでも、市電で周ればまだマシな方かもしれませんが。全線(湯の川から弁天町(ドック前)や谷地頭まで)乗れば、地元の生活感は見えると思います。 「函館朝市」も、過去にも既に、遠方から物資を運んできた人々が売っていたような市場でしたが、それがさらには観光客目当てのビジネスになってしまっています。 それに対して、もしも市電で降りて、「函館自由市場」や「中島廉売」、あるいは本町(五稜郭公園前)や谷地頭などにある市場(廉売、つまり地元向け安売りスポット)に立ち寄れば、地元の生活感が見えます。

それを、観光バスだとかのツアーで周ったり、(運転手に教えてもらわずに)行きたい有名なところだけをタクシーで周ったりしたらどうなるのか。 そうすると歩かずに周れます。1泊2日や、さらには日帰りの人すらいます。札幌などとセットで「北海道観光」ということで計画を立てる人が多いことは主因でしょう、北海道を道州制ではなく県くらいにしか思っていない人は多いですから。

自動車があると時間はかからなくなるでしょう。 歩かずに済みます。運動不足になり、不健康にもなります(いや、笑いごとではすまず、実際そうですから)。 そうして、人生は慌ただしくなり、つまらなくなり、景気も悪化していったのだと思います。

函館市も地元の振興に躍起で、駅隣接の土地に(「キラリス」だけでも十分だと思うんですがさらに)高層ビルを建てる気だし、くだんの「大門」の大通り(大門グリーンプラザ)を再整備する計画も立てています。 土地が余り空きテナントが沢山あって困っているような実情なのに高層ビルを立てるというのも全く解せないのですが(それにビル風がさらに酷くなって辛いし……)、 街に賑わいを取り戻すいわば「復興」もこんなんでやれるのかなこれ、って私は思っています。 地元の人のどのくらいが函館駅前に買い物しに来るのかな? とも思いますし。 通勤で寄るのかな? とも思います。(特別なイベント時でもないかぎり、路上ライブしている人もいないくらいですし……。寄る人が少ないし、寄ってもしかたないと思われているんじゃないかな)

私は批判的なことを書いていますが、世の中を良くするヒントがあると思うから書いているのですよね。 例えば、観光客に見せたい、観光客が喜ぶようなことをしたいからといって、観光産業をやり、イメージ作りをしていますが、来た人自身が実際にどう感じているのか。粉飾したりいいとこだけ採り上げたりして綺麗に思わせたとしても、それでいいのか。 「やたらと広い通りがあるけれど閑散としている、これは何なのか?」と、普通ならば、目にしたら思うし、思うべきなんですが、思われていいのか。ただ単に防火のため(類焼防止)に広くしましたというだけではないと思うんですよね、きっとそうですし。意思をもってした都市計画だったはずです。

函館港のかつての中心地も、舟が入るために堀が張り巡らされていた頃があったはずですが、その堀のあとがどうでしたとか、どれほどの観光客に知らされているのか、関心をもたせられているのかと思いますし。「ベイエリア」に行っておきながら、赤レンガ倉庫でみやげもの買ってそれで終わりでいいんですかね。 「なんやこの高田屋嘉兵衛とかいう人の像は?」とか思うはずで、思わせる方がいいと思うし、そうすると、堀の跡が道になっていることとも関係がある。 いまや電車通りの方が圧倒的通行量があるけれども、他方の閑散としているように見える方に「十字街銀座」って「銀座」ってあるのは昔の名残で、そして今はこんなんなってしまったとか。

そういう現状ですし、その現状を見て、見せて、そこからどうするかという問題だと思うのですよね。

*1:函館だけではなく全国的に「地方路線」がそんなもので、そうしてかつては国家インフラ、国防目的で敷設されていった「北海道」の鉄道ももう、どんどん廃止されていきました。江差木古内江差線も廃止されましたし、木古内五稜郭も「並行在来線」ということで3セク化されました。以前から、炭鉱閉山の街で廃線だとか産業が無くなった地域でどんどん進んできましたが、先日も増毛〜留萌が廃止です( 留萌本線)。「本線」と呼ばれていたものがまるでコッソリと「本線」=幹線でないことにされ、そして3セク化か廃止という流れが、もう確立しているんだと思います。

*2:といっても、札幌や旭川などのような無個性な南○条西△丁目みたいなのはありません。まだ、〇〇町がほとんどです