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函館日記

函館暮らしの日記

「新幹線開業効果」のような、景気の悪さと受動的な思考

経済

北海道新幹線」が開業して渡島大野新函館北斗)に新幹線が来て1年が経つところです。昨年の三郎の日のダイヤ改編と合わせて新幹線が動き始めました。

「新幹線開業効果」という語彙は盛んに用いられていて、なにかにつけて「北海道新幹線開業記念」という冠を付けて騒いできました。

「新幹線開業効果」ですが、これほどまでに宣伝してマスコミ露出を増やしたのですから、あって当然ですよね。どれだけのカネがデンパクに動いたんだろうかと思うとゾッとします(笑)。

新幹線開業ということであちらこちらで騒いだから、これをきっかけに函館に来る人(来函者)は増えました。 しかしそれからどのくらいの割合が今後また来るのかって問題ですよね。

函館駅前の現状

実際には、函館駅前は、青函連絡船が無くなった時点でも経済縮小していますが、新幹線開業を口実にして急行はまなす北斗星などの夜行列車も無くなったことでトドメを刺されました。

廃業したWAKOデパートの跡地に「キラリス函館」という高層ビルが建てられました。故あって竣工が後れ、部分開業が昨年の夏になりましたが、全面開業はテナントが入らないので遅らせるようです。 ビルがスカスカだからなのか公共事業の一環か何がやりたいのか解りませんが、市は「はこだてみらい館」というのを「キラリス」の中に設けたものの、想定の4分の1という凄い動員数で推移しています。実際に、私も行ったことがないのですが。 駅前を、観光客だけのものにせず、住人の場や交流の場にしたいという思いつきなのでしょうが、どちらかというと、それを口実に高層ビルの建築を推進してガラガラのところを埋めようという魂胆なのだろうと邪推せざるをえないくらいです。

函館駅前という海に挟まれた砂州に高層ビルを建てるというのが既に異常で、風土に、自然法則に逆らっているといえます。 そのうえに、「キラリス」は外観の設計が悪くて、気軽に奥まで入れるような雰囲気ではありません。オフィスビルなんかとすら思えます。実際には高層部が住宅なんで、似たりよったりですが。 道路挟んで隣の棒二森屋別館(ボーニ・アネックス)の方がボロボロなのに、好対照です。ボーニアネックスは入りやすいし、冬なんか、暖まりによく入ります(笑)。

そのボーニアネックスにしても、無印良品が入っているのですが、五稜郭公園前、つまり本町(ホンチョウ)に引っ越すらしいですね。観光客目当てにすれば結構売れていた無印良品なんですが、そういうのは本意では無かったのでしょうね。 地元の人が多く集まるのは、繁華街では本町で、丸井今井もまだあります棒二森屋よりはボロくなくブルジョワな雰囲気です。 地元の買い物は、美原や昭和のような旧亀田市の住宅地の近くが主で、自家用車でまとめ買いする群れがいるのですよね。イトーヨーカドーとかメガドンキとかユニクロとか、ヤマダとかケーズとかベストとか、そっちですもの。強いていえばさらに、五稜郭駅五稜郭公園ではないです)の近くのポールスターショッピングセンターとか。

ボーニアネックスには、新幹線開業に釣られたか、ミニプラが入りはしました(昔のソニープラザですよね、あれはたしか)。 あと、期間限定(超限定(笑))で、東急ハンズが入るみたいです。 東急ハンズは札幌にはありますが、函館に出てくるコストは大きく、他方で函館にはイエローグローブ(小笠原)とホーマックがありますから、勝算はあんまりないと思います。契機がどんなもんなのか様子を見に来るんだと思います。

函館駅前の整備も、色々と後れています。駅前の商店街(都心商店街)のアーケードを撤去しましたが、その後の共同溝工事は遅々としか進めておらず、アーケードの下だからこそのタイル舗装が今や積雪期には滑ること滑ること(苦笑)。 共同溝工事と合わせてアスファルトにでも貼り直す気なんでしょうが、何年間タイルで放置する気なのか。しかも、閉業した店先など雪かきされずに放置とかあるし。

ICカード今月導入(遅すぎる)

ICAS nimoca」(イカすニモカ)が今月から運用開始されます。すでに販売は始まっているようです。 市電と函館バスで使えます。「交通系ICカード」なので、相互運用の利により「電子マネー」にもなりはします。

遅すぎます。 単純に考えて、新幹線開業時か、それに先立って導入されていなければおかしいですよね。

JR北海道Kitacaを導入してこないのも異常です。本業で収益が上がらず、資金運用が主な収益だった上に、事故や不祥事件(点検不正)を起こしたことで安全強化策に予算を充てるということで経営縮小が加速しているので、Kitacaが来ないのも、「並行在来線」とかいって江差線を3セク化したのも、むべなるかなというところですね。

電子マネー」の利用自体は函館でも、大手コンビニではとっくに普通に使えましたし、近年ようやく観光客向けの主要店舗に導入が進みました。 つまり、順序が変です。

かりに、特別デザインのICカード売って、データ書き込んで一日乗車券として使えたりしたら、とても売れると思うんですけどね(実際には無いです)。

詳細、蓋を開けたら、乗継割引すら「ICAS nimoca」でないと受けられないらしいです。 KitacaとかPASMOとかICOCAとかmanacaとかではダメらしいです。 乗継やるのは地元住民だけだからいいということなのでしょうかね。ICカードにするだけでも現金よりは便利なんですけど、ICカードへの移行をそこまで優遇したいのでしょうか。 まあ、貧困ですから、優遇しないと現金にする人は少なくありませんし、優遇すると言われるとケチの性根がうずくわけですが……

観光客依存と国策受動の限界

日本は貧困と経済縮小が進んでいますから、有所得者は暇が無いでしょう。 貧困層は、精神衛生上は旅行をした方が善いのに、遣うカネがそもそも無いので、旅行すら困難です。さらには今や、「貧困は自己責任」と言って低所得者を苛めるのが道徳として行われていますよね。 景気悪くて当然でしょう。

一時は、上海とかの中国の勢いがあったのもあり、国外からの観光客が増えましたが、もう既に頭打ちになっていると思います。中国などが膨張したのも日本が産業を輸出したからで、その日本がもう貧しいですから、限界は見えています。 そもそも中国を含め東アジアの中国文化圏は日本も含めケチですので、偉い人には高価な土産物を貢ぎますが、それ以外は概ねケチります。一部の成金は「爆買い」とかするらしいですが、その一部に甘えていて成り立つのは一部の業者だけだと思います。

つまりそれは、華人韓人だけではなく、日本人も同じです。一部の高所得者にくっついておこぼれをもらうトリクルダウンで成り立つ業者は限られています。 例えば、長期滞在用宿泊施設が函館にもいくつかありますが、先行したところはそこそこ人気があるようですが、新幹線プチバブルに騙されて思い付きで建てて痛い目にあっている宿泊施設もあります。 資産家目当てにしても限られたパイの奪い合いです。高級ホテルで生き残っているのは限られます。国外からの観光客(インバウンド)目当てに従業員のマルチリンガル化を進めて、施設の改装はケチって、しぶとくしぶとく採算を保っているタフなホテルもあります。他方で、プチバブルを契機に身売りするホテルもあります。取り壊す余裕がある内に廃業したホテルもあります。ビジネスホテルの需要も限界があり、むしろ事業が札幌や東京中心になって函館が干からびてきています。たぶん旭川に取られていっています。

日本人の多くがそうで、多くの地域の人がそうなんですが、観光客がカネを落としていってくれることには大層喜ぶんですね。 けれど、移住してくるとなると注文が多いんですね。資産や信用がないと、移住は難しいです。四国だとかの島国根性のところとか、どっかの山奥もそうですが、かつて最先端の都会だった函館ですら、すっかりこのような老害化が起こっていると思うのですよね。(開港は伊豆下田と同期で、横浜や神戸より先ですから。)

ただでさえ、函館人は、訛っていたり、粗暴だったり、喫煙率が高かったりだから、やって来ても自ずと疎外されがちなんですよ。 先に住んでいる人間は、現状を変えたくない、自分の社会状況を変えられたくないわけでしょ、日本人にせよ、アメリカの開拓農場主にせよ、さ。 日本は儒教国家ですから、先輩風吹かせるとか、上司や経営者が偉いとか、いろいろギスギスしていますよね。

受け入れる側が意識的にへりくだってでも移住を頭下げて雇用まで用意してでも歓迎しないと、状況は変わらないと思いますよ。土地は売れないほど余っていますから、それで思い切ったことするのか、それとも廃墟になりたいのか。

函館市は急速に人口減が進んでいます。 それは、もともと定住している人が多くはない都会だったからだし、若年層の多くは札幌や東京に逃げてしまいます。職がないので食がありません(苦笑)。きょうび、農業ですら食っていけないくらいなのに、農家の少ない旧函館市はどうやって食っていくのかって、観光産業とイカ釣りばっかりなんだと思います。 人口流出と自然減(人は普通に死ぬ)で、人口は減ります。少子高齢化が原因なのではなくて、人口流出が原因です当然。 事実上の国策で、東京や札幌の一極集中は進んでいます。首都機能を分散するという政策は民主党政権の頃くらいでしょうか。 函館もさびれてきていますが、渡島檜山地方を見回すともっと酷い目に遭っている地域は沢山あります。人口増を期待していいのは、北斗市七飯町あたりくらいでしょうか。

普通に考えて(笑)、雇用が足りないので、函館に移住するのは困難です。コンビニバイトとかならありますが、最低賃金クラスで、その最低賃金がですね、北海道は、凄いです(笑)。 冬の生活費のかかり方も凄いです。暖房費を減らしたければ、そういう住宅に住まねばなりません。 一戸建てなんか買ったら、維持が大変です。 暇で裕福なら雪かきなんてやればいいだけだろと思うんですが、貧困だとそうはいきません。貧困と高齢化で、雪かきもしてない健康状態が悪いんだろうな、とおぼしき老朽家屋も散見されます。そこそこの確率で共産党のポスターが貼ってあります。 貧困構造で、トリクルダウン(笑)なんだろうな。

遣うカネが無いんで、経済が死んでいるんですよ。 資産家がカネを持ってきてくれるという甘えでは続かないんですよね。 貧困が無くなって、遣うカネがあって、かりに人でも雇ってでも雪かきさせられたら、凄い経済効果だ。 しかし、そういう些事に応分の報酬が出されるようにして雇用をぶんぶん回すという発想は、日本人には、無いですよね。かりにそういう発想があったら、ボランティアなんか無くて、皆裕福ですよ。介護職にせよこんな苦労してませんよね。

当然ながら、低所得者や無所得者はどんどん増えています。 この層が、遣うカネをもっていないと、経済は保てない。貧困層は社会から疎外され切断されて、いないのと同じことにされてしまいます。 貧困層はどんどん拡大していますから、他方の経済社会はどんどん縮小しています。 花粉アレルギー保有者がいよいよ過半数になりそうらしいですが、そのうち貧困層過半数になるのかもしれませんね。 それでも杉林の抜本的策がとられるどころか、杉は人が植えたので人災ですという事実すら隠蔽されているくらいですから、貧困と経済縮小がどうなるかも想像がつくように思います。

それでも、金持ちと国に甘え続けるんでしょうか。 甘えてきたから飼い殺しにされて、甘えるほどにカネが無くなって人が居なくなっていっているのですが。

海上冬花火が始まりました

日記 観光

海上冬花火が、無事今日始まりました。 実質的には、観光産業と市が実施しているものです。

今年は、2月8日から同12日までの予定です。開催時間は19時40分頃から20時頃です。 もしも荒天だと中止のこともありますが、今年はおそらく全日程開催可能だと思います。

観覧場としては、摩周丸と魚市場の間の辺りです。 http://fuyuhanabi.com/access/index.html

11日と12日の土日限定ですが、摩周丸に(有料で)入館して観覧することも可能です。(通常は夜やっていません。)

海上冬花火は寒い時期なのでそれほど人気がないのですが、もしかすると土日は混むかもしれません。 路面凍結が多い時期ですので、天気によっては辛いです。10日金曜が降る予想で、土日は最高気温がプラスなので凍る可能性があります(日没頃から凍ります)。 打ち上げ花火なので見えるところならどこでも見られますが、混雑する行事があるとコンビニ駐車場などはバリケードが張られてしまうことが多いです。

箱館戦争になったのは、仙台藩の稲作依存が原因

歴史

戊辰戦争

戊辰戦争とは、薩長同盟と奥羽越同盟とが戦った戦争です。 この史実もそれほどには知られていないでしょうから、あらかじめ言っておきます*1。 「新政府軍」「官軍」とか、「旧幕府軍」「旧幕府脱走軍」などといった表現は、完全に価値観を入れ込んでおり偏向しています。

戊辰戦争とはいわば西軍 対 東北軍の戦争でした。 当初は、奥羽越、つまり北陸・東北の方が有利にも思われていました。版図も奥羽越は広かったし、石高もあったはずです。

ところが、奥羽越には資金力がなく、仲間割れ、裏切りが進み瓦解していきます。 そうして敗走を続けた榎本武揚はじめ武家たちが行き着いたところが箱館でした。

仙台藩と「蝦夷地」

さて、奥羽越でも特に広く、中心的な位置にあったのが、仙台藩(伊達家)です。版図は現在の岩手県南部から茨城県、筑波や土浦の辺りまでに及びます*2。 しかも仙台藩は、「蝦夷地」も大半を支配し、警固をしていました*3

つまり、「蝦夷地」は仙台藩の支配地、奥羽越の領土であり、奪われまいとしたし、そのホームグラウンドで抵抗したわけです。 榎本軍は何が言いたかったかというと、「蝦夷地を我々に知行しろ」、この取引のために抵抗したのが箱館戦争です。

なお、箱館の警固は、多くの時期は南部藩(現・青森県東部〜岩手県の大半)が、一時期は松前藩が担当していたようです。 とはいえ、箱館は、農業をやれるところではほぼなく、商家や漁師などが移住してきていていましたから、地元コミュニティが先に形成されていたようです。

奥羽越が敗けた原因

ところで、戊辰戦争では資金力がありイギリスから兵器を買い集めた薩長が勝ちました。 他方の奥羽越は資金力不足で兵器が足りなかったのです。

なぜ奥羽越がそんなに財政悪化していたのか。特に中心である仙台藩ですね。

仙台藩の財政悪化の原因は、稲作依存です。

仙台藩は、藩士に土地を与えて統治させ年貢を稼がせていました。禄、つまり給与制ではなかったのです。 そして、そうして藩士が稼いだ米を仙台藩が買い上げて転売して、藩政を賄っていました

そうなると、藩士は、買い上げてもらえる米をつくりたがります。稲作ばかりやるようになってしまいます。

仙台藩としても、米がちゃんと獲れれば、それを藩外に輸出してドンドン儲けられ、ウハウハです。

しかし、江戸時代後期になると、世界的な寒冷化が起こります。 寒冷化の原因は火山の噴火ともいわれていますが、とにかく寒冷化しました。 そうなると、ただでさえ寒い東北で、夏がさらに冷えるとなれば、稲は育たなくなってしまいます。虫や細菌にもやられやすくなってしまいます。

米が獲れなくなってしまったので、カネがかかるばっかりで歳入がなくなります。仙台藩の財政は危機的状況になってしまいました。 ところが、財政構造を変える術はありません。かりに藩士の土地を藩有に付け替えて禄制にしても、そもそも米が獲れないので禄を出せません。

食糧は仙台藩依存

江戸時代には、稲作が圧倒的だった仙台藩が輸出する米にかなり依存していました。 だから、東北の冷害、凶作で何が起こったかというと、大飢饉です。 天明天保の大飢饉は教科書にも書いてあるでしょう。

仙台藩の稲作依存と、全国の仙台藩への食糧依存が、大飢饉という大災害に繋がったのです。

幕末にかけて、噴火や地震などの天変地異が多発しました*4。そしてその影響で大飢饉も起こりました。 さらには、欧米がやってきました。

ちなみに、全国的な貧困と、各藩の兵器の買い付けなどで、金銀のほとんどは欧米に流出しました*5。 金銀が減って、財政も悪化して、貨幣の質は落ち、ハイパーインフレでも起こるような状態にもなっていました。

こうした政情不安のもとで統治体制を改めようとしたときに、奥羽越と薩長の東西対決という結果になったのです。

そして、奥羽越が敗北し瓦解して、榎本軍が箱館に籠もって抵抗し、「箱館戦争」になったわけです。

仙台藩その後

戊辰戦争で敗北した仙台藩ですが、藩士を大量解雇して帰農させるしかなくなってしまいました。藩が給与や身分を保障しきれない。藩士は解雇されて士族ですらなくなったりしました。

そうして帰農した元仙台藩士のなかから、「蝦夷地」→「北海道」に開拓に行く人々が多数出ました。 その開拓地の一つが、現在の「伊達市」です。

ちなみに、福島県にも「伊達市」があります。福島県の方が本家筋ですが、市政移行したのは福島県伊達市の方が後です。 福島県伊達町が市政に移行する際に「伊達市にしてもいいですか」と北海道伊達市に訊いたようですが、本家筋からお伺いを立てられても断れる立場にありませんね(笑)。

「北海道」の「開拓」「拓殖」というのは、江戸時代の和人の抗争の後始末の帰結です。 教科書やマスコミなどでは概ね美化されていますが、見ようによっては「黒歴史」ですし、アイヌから見れば侵略されたということになります。

*1:学校では日本史を真には教えていませんし、どこの教科書も刷り込みたいことしか書いていません。山川だろうが育鵬社だろうが。ましてや、学校現場でまともに教えられるわけがなく、なにせ教諭がまともに知らない考えていないうえ教える能力も足りないですから。

*2:そんなこともあり、土浦などは「南東北」と俗に言われることすら未だにあります。

*3:蝦夷地」と呼ばれていましたが、これは蔑称、つまり差別語です。

*4:和親条約(ペリー)開港2港は箱館と下田ですが、通商修好条約(ハリス)では下田が外れているのも、大地震による津波で下田港が壊滅したからです。

*5:昔は世界有数の資源大国だったのです。

滑りにくい歩き方

生活

冬になると積雪もしますし、凍結もします。 夏の歩き方では滑ります。

滑りにくくするコツというものはあります。それでも、時々滑ることもありますし、たまに転びます。 確実に滑らない方法となると、スパイクや杖ですが、不便をおしてそこまでする人は多くはありません(しかし、年配の人の中には特によくいます)。

住んでいる者でも、たまに転びます。ひと冬に一度や数度転ぶかもしれません。 市の広報紙にも、滑りにくくするためのコツが掲載されるくらいです。

歩き方

かかとから着地してつま先に抜けるというのは、夏の歩き方です。健康や美容、スポーツ目的で通俗的に言われていますが、雪道では滑ります。

むしろつま先から入るような感覚で、足の裏全体でベタっと着地してから、つま先だけではなく足裏全体をうまく使って面で蹴り出して歩きます。 そのため、靴の裏は前方には見えず後方にばかり表れる歩き方になります。

靴底の摩擦力が高くないと滑ります。 接地面が広いことと、地面をうまく引っ掻けるようにグリップの多いことが重要です。 靴底がツルツルしているような革靴・パンプスの類や、接地面が狭いハイヒールなどは、転倒の危険が高いです。 ブーツや長靴を履いている人が多いです。

バランス

重心の低い人の方が有利です。

比較的には、男よりも女の方が一般的な傾向として有利だろうと思います。

しかし、女性は外見にこだわられる傾向があるため、靴や服装の選択次第では不利です。

長靴を履いてガニ股で歩いているオッサンの方がおそらく滑りにくいでしょう。ガニ股や長靴が習慣になっている人すら見かけます。こういうのは女性には少ないわけです。

身長が高く美容的に格好よい人の方がしばしば重心が高く転びやすかったりもします。

前後左右のバランスを直し、バランス感覚を鍛えることも必要です。 両手を空けた方がバランスがとりやすく、転んでも両手で受け身を取れます

当然ながら、バランスが歪んでいる人は転びやすいです。 姿勢が崩れていたり、歩き方におかしな癖がついていたりすると、転びやすいです。

その点では、荷物の運び方の選択次第で転びやすくなります。 背中に背負うと両手が空くのは有利ですが、前後のバランスを崩すかもしれません。 だからといっても、キャリーケースを転がすのは雪道では大変です。転がせなくて持ち上げないといけない状況が増えれば、自分の方が転がされる危険度が増えます。 冬の函館を出歩くのには荷物を減らすことを勧めます。

路面の選択

雪が積もっているところの方が、凍っているところよりも滑りません。 路面が雪で白い所の方が滑りにくいことが多く、透明に凍っているところは滑ります。

薄く透明に凍ってしまうと、氷の下が透けて見えるため、凍っていることに気がつかないおそれがあります

路面が光に照らされていれば、表面がどうなっているか判ります。 ツルツルに凍っているところと、雪が載っているところと、乾いているところの判別がつきやすくなります。

車道は、自動車に踏まれて圧雪され、表面が融けてから凍り、更に磨かれていきます。昔と異なり今はスタッドレスタイヤですから、削られることなく磨かれます。 うまくすれば早く雪や氷がなくなり乾きますが、乾かないまま夕方になってくると、表面が凍ります。 だから夜の車道は大変です。

函館は札幌や旭川に比べれば真冬日が少なく、日中にうまく融けてくれるような日ならば通行量の多い車道は雪が無くなります。反対に最高気温も低い日だと、路面が圧雪され凍ったままで終わります。

通行量の中途半端で除雪車の入らない生活道路はもっと大変です。 駐車場の出入口なども歩道なのに自動車に踏まれるので、凍りやすく滑りやすいです。

人通りの多いところも、圧雪・融雪・再凍結を繰り返すので凍りやすいです。 交差点周辺やバス停のところが、圧雪され表面が凍ってツルガタになります。

日向の方が融雪が早く、日陰の方が残ります。 早く融けて乾いた日は日向有利ですが、中途半端な陽射しや気温だと、日向は夕方から凍ってきます融けるのが遅い日はむしろ、日陰の方が雪がサクサク残っていて歩きやすいということになります日によってどちらが有利かは異なりますので、その日の状況をみて判断する必要があります

つまり、まず道を選ぶこと、そして路面をよく見ること、車道の横断時は特に注意です。

慌てるな

慌てないで落ち着いて、マイペースで歩きましょう。 周囲より遅いのを気にして慌てると危険です。

同行者が遅くても気にせず急かさないことも重要です。

慌てないためにも、信号の変わり目に駆け込むことはしない。 残念ながら、津軽の海沿いの人間の性格によるものなのかなんなのか、信号無視をする人を函館ではよく見かけますが、信号無視や無理な横断をすると転倒リスクも自動車に撥ねられるリスクも高いです。

滑ることはよくありますし、転ぶこともあります。 そういうときにはまず、落ち着くことが必要です。 可能ならば、とりあえず立ち止まって落ち着きましょう。

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〇〇管内××町

「北海道」 道南

市町村と郡部

「北海道」にも、「市」のほかに「町」「村」もあります。 「町」と「村」*1が「郡」*2にあるのも同じです。

他方で、「北海道」は道州制で、「県」に相当するのは「振興局」(支庁)です。 ただ、「県」は首長公選制ですが、「振興局」は「道庁」の下部組織です。

そうすると、「町」「村」が多いのもそうですが、「郡」も多くて、町村の名を言われても何処にあるのか判らなかったり、郡の名を言われても知らなかったりということが起こります。

「管内」

そこで、「〇〇管内××町」のようにして、「振興局」の名を冠して呼ぶのが一般的です。 例えば「渡島管内八雲町」といった呼び方をします。これを「二海郡八雲町」と言われても、地元の人でなければ「フタミグンってどこ?」ってなるでしょう。 この慣例を知らずに公式な呼称である「郡」で呼んでしまうと、面倒なことになりますし、「北海道」のことをよく知らないのが露呈してしまいます。

そもそも、現在の「日本国」は「郡」に行政庁を置いていません。他方で「北海道」には地域を管轄する「振興局」があるわけですから、「振興局」を基準に呼ぶのも自然なことでしょう。

「町」「村」と異なり、「市」に関しては他の「都府県」と同じように、「北海道函館市」のように呼びます。 「市」に関しては数が少ないので、市名だけでおおよその位置が判る人が比較的多いでしょう。

「道南」と「みなみ北海道」

さて、「北海道」を4つの地域に分けて「道北」「道東」「道央」*3「道南」と呼ぶ慣例があります。 言うまでもなく、函館市は「道南」にあたります。

他方で「みなみ北海道」*4という俗称があります。

「道南」と「みなみ北海道」では何が異なるかというと、「道南」は渡島・檜山のほかに日高・胆振を含む4つの「振興局」を指すことがよくあります*5。「みなみ北海道」は檜山と渡島の2つの「振興局」(合計18市町)のみを指します。

それはそもそも、日高・胆振(日胆地域)と、渡島・檜山とでは、地理的に遠く、隔絶しているところがあるからです。 渡島と胆振が隣接していますが、境界は渡島管内長万部町胆振管内豊浦町の町境の数km程度でしかありません。*6

長万部駅函館本線室蘭本線の結節点で、函館発の普通列車も、せいぜい長万部行きがいいところで、(特急を除けば)乗換なしで室蘭方面には行けません。 その長万部すら函館市からは遠いです。それが森町ならばまだ近いという印象もありますけれど。

それに、渡島・檜山では、「市」は現在2つしかなく、その2つは函館市北斗市*7で、渡島の南側です。 ですから、人口や社会経済をみてもどうしても、渡島と胆振は遠いな、という印象があります。

しかも、「道南」の定義にはかなりの揺れがあって、ときには渡島・檜山だけを指して「道南」と呼ぶことすらあります。 安易に「道南」と呼びがちですが、実は誤解を生ずる可能性があり面倒です。

それでも、札幌中心の「北海道」や東京中心の「日本」からすると、「道南」と呼ぶのが「当たり前」ということになっていますよね。 結局のところ函館でも「道南」と呼ぶ方が一般的で、支障が起こることはそれほどありませんが、函館を出たらどうなんだとなると私はよく知りませんので気になるところです。

*1:「北海道」では、森町のみ「まち」で、他は「チョウ」、「村」は「むら」。

*2:「郡」というのは、かりに同名の「町」や「村」があっても、区別が可能なようにしているものなのです。他方の「市」は、事実上は、どの「市」も表記では同名にならないように譲り合っており、同名の「市」はありません。ちなみに以前、大阪府大阪狭山市が成立した際に、埼玉県狭山市を忘れていたのか「狭山市」と名乗ろうとして騒動になったことがありました。

*3:「道央」は、地理的中心というより政治経済的中心、つまり札幌を中央に据えています。地理的な中心に見える旭川は、「道北」にあたります。

*4:南北海道」とは書くと紛らわしいので、「みなみ北海道」と書くのが一般的です。

*5:例えば、気象情報で「道南」というと、この4つの「振興局」を指します。

*6:その町境に、鉄道ファンにはかなりよく知られている小幌駅があります。

*7:近年ようやく、大野町と上磯町が合併してできました。

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