函館日記

函館暮らしの日記

【日記】暑くならなかった夏

今年の夏は、暑いのは前半だけでした。 例年であれば、日照のピークが過ぎた後半の方が暑くなるわけですが。

今年は、函館マラソン(7月2日)も暑く、7月15日には函館西高校の「学校祭」で熱中症で13人救急搬送という事件がありました。 (熱中症を予防する気がないのも、単に暑さになれていないとか冷房設備がないとかいうだけではなくて、地域社会の封建的な気質も原因にあると思います(例えば、体育館に水を持ち込ませない)。あと、不況と貧困、自然法則や社会趨勢がわからない教養の低さ。以下略)

今年の夏はオホーツク海高気圧が張り出し、太平洋高気圧が出てきませんでしたね。(太平洋高気圧がないので台風5号が発達したり進路が予測不能になったりもしましたね。) それで、函館はオホーツク海高気圧の南縁で低気圧が通過し続ける位置になってしまい、晴れる日が物凄く少なくなっています。

夏冬の昼夜の時間差が大きい高緯度で、さらに冬は雪雲で暗くなる函館なので、夏があまり晴れなかったのは辛いです。 冬の洗濯は外に干せないだけに、夏に陽射しが足りないのも残念です。

そしてまた、日照不足ということは、農作物の生育に悪影響が出ると思います。今年の北海道は不作かもしれません。

降雨が多く、函館では道路冠水で膝くらいまで埋まる町域も出ました。 函館の都心(駅前や市役所)から函館山にかけて(亀田川以南)は洪水のリスクがない(代わりに津波があれば埋まる)のですが、内陸寄りが現在は栄えていて人口も多い住宅地になっています。川が多いのもそうした内陸寄りの方です。 洪水のリスクを知らない人間が新興住宅地に土地買って住んで、いざ洪水になったら文句言うというパターンになりました。

東風がビュンビュンなのも例年以上かもしれません。北高南低の気圧配置ですから。

とりわけ観光旅行客は、函館が港町であることは知っていても、函館の都心や函館山津軽海峡の中に突き出している(街が海上にある)という認識が足りません。 さらに、駅前や市役所近辺や「ベイエリア」などは、高層ホテルやオフィスビルが所々に建っています。そうするとビル風が局所的に物凄く、台風並みになることもあります。

それに対して、函館地方気象台があるのは内陸の美原ですので、気象統計上の「函館」は都心よりも風が弱く出ます。 アメダスのデータや、天気予報などの風速も、弱く出ます。

しかも、雨が降れば条件反射で傘をさし、台風でも傘をさすような愚か者が多いのが日本人です。

だから何が起こるかって、今夜も傘をぶっ壊す人を何人も見かけました。

傘が勿体無いだけではなく、自身や周囲に負傷の危険があります。

そして、うちのマンションの玄関に壊れた傘を棄てていく人がいて、困っています。

冬に歩くことを軽視している市政

積雪期になると、函館の歩道は、酷く歩きにくいです。

行政は、一部を除いて、歩道の除雪をしません。 歩く人、歩かなければならない人を、完全に無視しています。

だから、函館は自動車依存です。 市電やバスやタクシーがある都会なのにもかかわらず、歩行者に対する配慮がとても少ないです。

そうして、自動車を持てない人や、運転不可能な人を、完全に無視しています。 これは、差別だともいえます。

景観重視の歩道

植え込みや街路樹が多いです。

夏に歩くことばかりが想定されています。

植え込みや街路樹で、歩道を狭くしています。 冬は、雪の置き場のために歩ける幅が狭くなります。

それなのに街路樹や植え込みを設けるのは、一種の「信仰」なのでしょう。 ナナカマドやツツジが大好きです。 ナナカマドは、防火のためのゲン担ぎ(「竈に七回入れても燃えない」)です。

ツツジは「市の花」でもありますが、ツツジを植えるのは本州と同じ風に暮らすことに固執しているからだとも思います。

花や実で季節を感ずるのはたしかで、冬が辛いからなおさらそうなるのでしょうが、そのために歩きにくくするのはやることがズレています。

さらに歩道によってはわざわざ花壇を設けたりしていますが、そうやって景観を綺麗にして主に観光客を喜ばせているわけです。市にしても、沿道の住民や企業にしても、花を植えるのが良いことであるかのごとく思い込んでいるようですが、私には不可解です。花を植えるのが良いと思っているのも一種の信仰でしょう、人為的な人工物なのに「自然だ」と思っているのも勘違いでしょう。

一般的には、歩道に落葉樹を植えるのは日除けでもありますが、函館の夏は東京なんかと比べたらマシです。 街路樹を植えるのは、園芸業者や落ち葉回収に税金をかけているばかりで、合理的だとは思われません。

観光客重視の歩道整備

観光客の多くは夏に来ます。 だから観光地では、夏の景観を想定した歩道を整備しています。

冬も「クリスマスファンタジー」や「海上冬花火」でなんとかして観光客が来る理由をつくっていますが、冬の観光客の人数が少ないからです。 そして、冬の観光客の行動範囲は狭いので、その行動範囲だけは優先して除雪をします。

観光客の来ないところよりも来るところに優先的に予算を割いています。

自動車優先の歩道設計

日本は全国的にも物凄い自動車依存ですが、前記のとおり函館は、とりわけ自動車依存です。

そもそも一般論として、街路樹や植え込みを設けるのは、車道との境界にするためであり、排ガス汚染の軽減策なのでしょう。

そして、交差点や駐車場など沿道から自動車が出入りするため、自動車の通るところを低くして、歩道の方に傾斜が付けられています。 これは全国各地で一般的です。そもそもそのことも悪いと私は思っています。

しかしそのうえ、積雪と凍結のある函館では、その傾斜によって物凄く歩きにくくなります。それに、雪かきがやりにくいです。

景気のいい札幌の市街地なんかでは、歩道を平らにすることが進められていて、車道との境界には縁石だけが上がっている設計に改められてきています。 函館市政は、そうした再整備も物凄く後手後手。

税金が出せないので雪かきは住民任せ

歩道が公費で除雪されるのは主に国道です。

例えば「漁火通」(国道278号の、大森稲荷前〜根崎)は地元ではランニングコースの定番になっています。 その理由には、1) 歩道が広め、2) 海沿いなので信号が少なめ、というのもありますが、3) 冬には歩道が除雪されることがやや多いということもあります。 いずれの理由についても、冬でも歩行者に比較的有利な道路になるという結果になります。

例えば、函館駅前〜松風町電停の間には「函館都心商店街」というのがありますが、以前はアーケードがありました。 それが、アーケードの維持費や修繕費を賄えなくなり、撤去されました。 だから冬に雪が積もるようになりました。 しかし、路面の多くはタイル貼りのままでアスファルトなどに変えていないので、「どうぞ滑ってください、というか滑れやコノヤロウ」といわんばかりになります。タイルの目地のところは凹んでいるので、雪かきをやればそこから剥がれていき、バキバキに傷んでいます。

歩道の除雪を行政でやっているのはほんの一部です。 ほとんどの歩道は、沿道住民の自主的な雪かきに依存しています。

そうすると、空地、空家は雪かきがない。駐車場などの横の歩道は最低限の(自動車の出入りするところの)雪かきしかしない。 貧困で鬱の人とか、要介護とか身障とかの人は、雪かきがやれない。(冬は寒くて暗いのでなおさら、鬱になります。)

雪かきのされていない道は、人が歩くごとに踏み固められ、ボコボコのツルツルになっていきます。 これはかなりのトラウマものです(苦笑)

つまり、自己中心的行政

自動車を持っている人や、豪雪地帯で生まれ育って未だ足腰の丈夫な人、そういう人々の視点の行政です

冬に歩きにくいから、

移住者が増えない

「富裕層」ですら、夏に滞在して冬は住みたがりません。 なにせ、面倒を厭う層です。

例えば、工藤市長や市は「西部地区の過疎化は、富裕層やIT企業の移住で解決したい」と言っていますが、ただでさえ住みづらいのに、ましてや坂だらけの函館山の麓に住みたがるとは思えません。要は、「打つ手なし」なので、市民に対して、あるいは体面を、取り繕っているだけです。

こんなところでも移住するという人の多くは、豪雪地帯で生まれ育っています。

もしもお金があったら函館に住みません。

しかも、職が無いので、貧困層が移住してくる理由もありません。 景気が悪いうえに、冬の雇用は特に少なくなります。

高齢者や身障者は住むのが困難

盲人が自力で歩くのは無理です。

車椅子ですら走れない道が増えます。

ちなみに、自転車で走る人は結構いますが、相当の手練だと思います。 少なからぬ人は「冬は自転車無理だから困る」と思っています。

今まで住んできた市民ですらも、高齢化などに伴い、物凄く住みづらくなっています。

だからまた恐いのが、運転技能の低下した高齢者が自動車を運転していることが少なくない(運転しないと暮らせない)ということ。 これも、交通事故が増えている一因なのですね。

運動不足で不健康

冬に外を歩けない。 ただでさえ、積雪期には、ほどんどのスポーツはやれなくなります。 運動したければスポーツクラブに行けばいいとしても、それは、会費を払う余裕があり、通うための交通手段がなんとかなる人です。

自動車依存がクセで夏も自動車の人が多いです。

そうして運動不足で身体が鈍るからなおさらしんどくて運動しなくなります。

そうすると、加齢とともに身体が弱りやすくなります。高齢者は悪循環でますます弱り、リハビリでもちゃんとやらないと大変なことになります。(けど、介護にせよリハビリにせよお金がかかります。医療費もかかるし、健康保険の収支だって厳しくなります。)

まとめ

市は、産業重視で、人の暮らしに対しては思い切った施政や支出をしていないのです。

函館は、資本主義的で封建的な気質が強いです。 市政は、地元大資本との関わりが強く、既存の産業を重視しています。 経済が後退し貧困が進むとともに、なおさらに、観光客などの(市外からの)外貨獲得に依存しています。

市は「打つ手なし」で手をこまぬいているばかりで、封建的で権威主義的な気質もあって、国に依存し社会風潮に合わせたがります。(そもそも、教養がない、無能だから、依存気質が強いのだということも大きいでしょう。市外に出たことのある人とか、移住してきた人とかが、少ない。しかもその革新性を発揮可能なような地域社会ではない。)

政治が間違えていても、地元資本や気質が自民党を支持するので、直るとは思われません。

なんとも救いがありませんが。

函館マラソン2017 (7/2開催)の完走率

渡島・檜山地方の地元紙『函館新聞』によると

ハーフは3653人が出走し、3597人が完走。フルは3310人が出走し、2783人が完走した

とあります。

よって、ハーフの完走率は 98.47 %、フルの完走率は 84.08 % です。

ハーフマラソンの部の時間制限がゆるゆるで「歩いて完走」レベルですので、完走率は高くなります。

フルの完走率は、制限時間の比較的緩い大規模大会としては、低いです。

ちなみに、「日本国内で唯一、夏に行われるフルマラソン大会」を自称する「北海道マラソン」(札幌開催)の方が(フルマラソンの)完走率が低い傾向にあります。(北海道マラソンにはハーフはなく、ファンランがあります。)

本当は、北海道マラソンは、8月下旬開催なので、初秋に行われる大会です。

今年の「函館マラソン」は7月2日で、夏至に入っての開催ですので、本当は、函館マラソンこそが真夏のフルマラソン大会です。


はたして、函館マラソンよりも北海道マラソンの方が難度が高いのでしょうか?

私は、函館マラソンの方が無謀な難度だと考えています。

その主な理由は

  • コースの難度
  • 暑さへの身体の順応程度

の2点です。 坂の点でも、風の点でも、湿度の点でも、函館マラソン(フル)のコースの方が難しいです。(より内陸の札幌の方がカラッとしているはず。函館は海なので。)

暑くなり始めは身体の順応が不完全なので熱中症リスクが高く、涼しくなり始めの初秋の方がラクです。


では、なぜ北海道マラソンの完走率が低いのでしょうか?

それは、参加者が多く、参加者のレベルも全体的には低いからだと考えられます。

総参加者数が函館マラソン7000人、北海道マラソンが10000人以上です。函館マラソンは参加者の過半数がハーフの部です。北海道マラソンは参加者の大半がフルの部です。よって、北海道マラソン(フル)の方が参加者が圧倒的に多いです。

競技者のレベルはピラミッド状に、下に行くほど数が多いです。しかも、北海道マラソンは代表選考レースであり、少なからぬ人にとって「あこがれのレース」です。そのため、各地から初心者が集結しますし、道内で陸連公認コースの最大の大会ですので、道民ランナーの多くがエントリーしてきます。(そして、制限時間内に走れません。)


さて、夏の函館マラソンにせよ、初秋の北海道マラソンにせよ、時季からいって無謀な大会です。 北海道マラソンという無謀な大会がわざと実施されている最大の理由は、暑さに強い選手を見つけるためです。

函館マラソンの目的は、何なのでしょうか? 私には理解不能です。

記録の出るハーフの部は、実業団(プロ)や学連のエリートランナーが照準にするにふさわしい大会です。バブル崩壊ころから始まり20年半は続いてきた「函館ハーフマラソン」は、地位を確立したといえるでしょう。当時の開催時季は秋です。

エリートランナーが「函館マラソン」フルの部に出るメリットが、ありません。北海道マラソンのように無理して出ても価値があればまだしも、函館マラソンにはわざわざ出てリスクを冒す意味がありません。

ともかく、暑さとコース難度からみて、通り一遍の暑さ対応では救護行き、酷いときは救急搬送→入院、となりかねません。普段ちゃんと練習しているランナーでも、運や体調次第で大変なことになります。ましてや、練習不足の初級者とか、よりにもよって前夜に酒のんだなんていう人は……

実際に、今回随分と、ピーポーピーポーいってましたから。

明後日の函館マラソンに向けて

いよいよ今度の日曜日が函館マラソンです。

今回は、夏の、夏日(25度)になるかもしれないマラソンです。天気予報は今のところは曇ですが、風は少し強い西風が吹きそうです。相変わらず、ともえ大橋が横風で辛くなりそうに思います。

気温も湿度も高いため、脱水症状が極めて起こりやすくなります(湿度が高いと汗が蒸発しにくいため体温は下がりにくく、いくら汗をかいても涼しくならないという状況になります)。倒れる人も出るかもしれません。

水分だけではなく、スポーツドリンクやにがり塩のようなミネラル分、また、糖質も、必要です。

ともえ大橋の直前ではなぜか(カフェイン入っているのに)コカ・コーラを出すらしいですが(せめてスプライトにしましょうよ)、渡り始める直前で飲むことの効果は、肉体的には疑わしいでしょう(間に合わない)。よって、跨線橋以降の終盤に向けて、かなり早めに、自主的に補給をした方がよいです。エイドでいえば、チョコレートや羊羹が勝負です。

ハーフマラソンと重なるところのエイドを効率よくしたいからなのでしょうが、万代埠頭付近(ともえ大橋と跨線橋の間)や緑の島のエイドばかりが大きいので、中盤までカロリーを摂れなくて、終盤に物凄く辛くなることが予測されます。


公式ウェブサイトの例のテキストの方は、ようやくいくらか真面目にはなった気がしますが、反省したからか批判が集中したからか、何故かは私は知りません。 同種のフルマラソンの大会に幾度も参加している人が運営を担当すべきなのに、その辺の素人に担当させてしまったという人選が間違いだと思います。

郵送(厳密には、ゆうメールらしい)の大会参加者の事前案内は、粗末だな、と思います。 例えば、なぜか交通規制の地図はあってもエイドの地図はありませんし。大会参加者に、レース中の交通規制状況は役に立たないでしょう。他方で、エイドの地図がなくて、どこそこ付近とか言われても、地元の人でないと判りません。 そして、「次ページでご確認ください」とあるのに、次ページがないし。

大会運営を、まとも以上にするためには、ほかの大規模フルマラソン大会の運営事例は数え切れないほどあるのですから、それらを研究することが必要で、研究するのが当然です。 「昨年の反省」を毎年繰り返すというのは小学生以下でもやれるレベルです。反省も後悔も前(さき)には立たないのですから、失敗を未然に防ぐ努力が、職業人には必要です。

そして、大会開催には、以前も書きましたが、地元の人や、ランナーでない旅行客にも、関心をもってもらうことが必要不可欠です。

関心も興味もない、「自分は走らないから関係ない」と思っている人々からすると、マラソン大会は、せいぜい観戦する娯楽(見世物)でしかなく、多くの人にとってはそれですらなく迷惑なだけです。

よその、例えばホノルルやボストンなどを含め、成功していて、大々的に行うコンセンサスが確立されており、その年を代表する行事にまでなっている事例を研究すれば、簡単なことです。

それでも率直に言って、道路事情が悪いうえに自動車依存の函館では、凡そ全住民・企業が徹底的な通行止に納得しないかぎり、まともなコース設定は不可能でしょう。 (そして、自家用車に異常に依存しているから、景気が悪いし社会効率も悪いです。函館に限らず日本全国の都市がそうです。動物なのに運動不足とかいう異常事態が普通になっていて不健康極まりないし、運動することがなにか特別なことのように思われているからスポーツ大会に参加することが「自分には関係無い」ということにもなるのです。)

南北海道(渡島檜山)は、例えばマラソン大会自体がひどく少なく、長期積雪期と自動車依存による悪循環で、運動しない人が多いです。 やらない人が多いからますますスポーツ大会は減り、一部の人しかやらない道楽みたいになっています。 運動することを普通のことに戻さなければいけませんが、そのためには悪循環の流れに逆らう大きな努力が必要です。

無理に市街でやることもないし、無理にフルマラソンの距離にすることもないし、陸連公認をとることもないのですよ。 小さなところから、短いところから、始めればいいし、ハーフよりも短い距離の大会をこまめにやらないと、ランナー人口はなかなか増えませんよ。 10kmレースとか5kmレースとかないし、周回コースで時間耐久とかリレーマラソンとかないし、観光名所でやりたいのであればファンランでやれば観光客も地元住人も喜びますよ。

しつこいですが、繰り返し書いておきます。

自分に都合の良いところだけ採り上げて、現実逃避と情報操作をする人々【函館マラソン】

函館人だけではなくそもそも日本人の傾向ですが、自己中心的でエゴイスティックです。

とりわけ近年は日本礼賛が目立ちます。そうして現実逃避をするのは愉快でしょうが、 妄想(ヴァーチャル)に引きこもっているから他から取り残されるのだし、恥を晒しているのです。 近頃は、おかしなのをプレジデントに選んだアメリカもそうですが。

函館マラソンをみていても、典型的です。 自己中心的で、アマチュアランナーの参加者を募集しているのにそうした参加者の視点が欠けているし、責任感も欠けています。

コースがよくないことを、粉飾して世論操作をするために、都合のいい方に執拗に喧伝しているのもそうです。 催行態勢や案内なども自己中心的で、コースの話は一例にすぎませんが。ウェブサイトにしても、一部のファン(親衛隊)だけ喜んでヨイショするようなウチワの世界になっています、かなり。

2017函館マラソン準備状況 part2 【 第23回 平塚先生語録(その1)】を掲載しました! | 未分類 | 2017函館マラソン」(hakodate-marathon.jp)

本当は悪いことを知っているくせに、その現実から逃避し、その逃避する姿をよそから見られても平然としているからなおさらダメで、救いようがありません。

都合のいいことを言ってくれる人がいることをこれ幸いにして、そこだけ採り上げて強弁するわけです。いわゆる「御用学者」を利用するのとかと同じですね(笑)

コース中に石畳があるなどの路面の問題にしても、別大とか福岡国際とかのエリートランナー専門の大会ならばまだしも、アマチュアランナーを募集している大規模になりたがっている大会なのですから、よくありません。 負傷したらどうするのでしょうか。

北京オリンピックだとかには石畳がガッツリあったように憶えていますが、オリンピックや世界陸上なんかはエリートランナー向けの特別な大会で、参加者はシッカリ下調べして走っています。彼らは路面がよくなくても承知の上で自己責任で走っています。

函館マラソンは、観光目的のアマチュアランナーの参加者がいるのは明らかなわけで、そうした層が初参加時にコースや路面を下調べしてくるとはかぎらないし、主催者が情報提供をしていなければ判らないことが多いでしょう。

情報提供がされていないところに自己責任は無い。アマチュアの一般人が初参加するから普通の大規模大会では、コースや催行態勢にはとても配慮します。

実質的に函館市が主催している大会ですから、どっかの零細団体が主催している大会と異なり、自己責任論で押し切れるものでもないでしょう。 例えば、どこぞの北マラソンみたいに夏の大会なのに出るのが水だけみたいなアマチュア向け大会も世の中にありますが、それこそどこぞのラジオ体操の団体がやっているような大会だし、「厭なら出なけりゃいいだけ」という話です。 で、函館マラソンは、厭なら出なけりゃいいので、一般人が誰も参加しなくなってもいいんでしょうね(笑)。 フルマラソンに参加する招待選手が少ないのは、選手層の薄さ(実業団の人々は駅伝やハーフが主眼)が主因とはいえ、原因はそれだけではない。

ハーフマラソンのコースは、ともえ大橋や跨線橋も、石畳や七財橋も、無い。走りやすく、公式の記録をとる大会としてよい方の大会だから、函館ハーフマラソン時代から実業団の人々が参加して走っています。函館ハーフは、エリートランナー向きの玄人志向の大会でしたし、それでかまわなかったわけです。

函館(フル)マラソンにしたのは、「単にハーフの2倍の距離にしました」という話ではありません。 フルマラソンにはハーフにない辛さがあるというのも勿論です。 しかしそれだけでは済みません。最大の要素は、よその都市型マラソンの真似をして、多くのアマチュアランナーを各地から大々的に募集する大会にした、ということです。

自己中心的なヴァーチャル世界に引きこもっているから現実世界から取り残されて、例えば、景気が悪い、移住者が少ない、といったことが起こっていますが、 さらに恐ろしいのは、自分に都合のよいところしか見ないようにわざとしている姿を他人から見られているということなのです。 いちいち言い訳をし、さらには「自分は悪くありません」と公言するかのごとく、「自分の方がフツーであんたがオカシイ」という態度をとる。

函館人が典型例でありますが、日本人をみていると、とりわけ近年が、安倍時代がそうですが、愚かで残虐なことをし、その姿を晒して平然としていますよね。 で、それを「誇り」と称したりもしますよね。 そんなのは思い上がり(偉そうにするの)であって、誇り(偉いの)ではありません。 立派ではなく、まことに卑しいです。

率直に言って、これならば、やらない方がいいです

やる気がないんだから、やめましょう 

怖いです。コースだけではなくて、運営している人も。

人は、経済やスポンサーのおもちゃではないです

税金勿体無いし、ハーフだけでいいんじゃないですかもう  走るんなら函館じゃなくて青森とか洞爺湖とか札幌とか行った方がましな気がします  どうせ函館は道路事情が悪いですし